2008-07-13 08:47:00
ロッキー青木さん
カテゴリ: 日記
アメリカの鉄板焼きチェーン「ベニハナ」創業者のロッキー青木さんが亡くなりました。
ロッキーさんには2年前にインタビューして、幼児教育プログラム「キッズ・プラネット」用に、子供たちへのメッセージを収録させていただきました。
ロッキーさんと言えば、ベニハナを全米展開しただけでなく、スピードボートの選手をしたり、気球で太平洋横断の記録を作ったりと、冒険家としても有名でした。
私が高校生でアメリカに交換留学した頃(85年頃)、ロッキーさんは「アメリカで一番有名な日本人」と呼ばれ、Newsweekの表紙を飾ったりしていました。
日本人でもアメリカでこんなに活躍している人がいるんだ、ととても力を頂いたのをよく覚えています。
冒険家としての男らしさといい、私にとっては、人生のモデルのような人でもありました。
私が高校生の時、ロッキーさんは45歳前後だったと思います。
自分のその年齢に近づいていますが、ロッキーさんのように、子供に夢を与えられるような人間になれるか。
がんばらないと・・・。
キッズ・プラネット関連では、たくさんのノーベル賞学者や大企業の創業社長などにもインタビューしましたが、ロッキーさんに直接お会いできたのは何といっても最高の感激でした。
ニューヨークのオフィスを訪ねた時、2時間近くも、熱く子供たちへのメッセージを語ってくれました。
このメッセージは、イマジンの貴重な財産であり、私の宝物です。
思えばもうあの時もご本人は死を意識していて、これからの子供たちに何かを残したいと思っていたのかもしれません。
インタビューの後は、ご自宅にもご招待していただきました。
スピードボートで大けがをした時に手術で輸血を受け、C型肝炎に感染したそうです。
亡くなったのもそれが原因だと思いますが、ロッキーさん自身は30年前に事故で死んでもしょうがないという覚悟はあったのではないでしょうか。
スピードボートでは、30か所以上も骨を折り、医者からはこれ以上もう折る骨はないと言われたそうです。
ご臨終の際、最後に紙に「もっと挑戦」と書かれたそうです。
ロッキーさんらしい・・・。
起業家として、男として、本当に格好いいし、尊敬します。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
ロッキーさんには2年前にインタビューして、幼児教育プログラム「キッズ・プラネット」用に、子供たちへのメッセージを収録させていただきました。
ロッキーさんと言えば、ベニハナを全米展開しただけでなく、スピードボートの選手をしたり、気球で太平洋横断の記録を作ったりと、冒険家としても有名でした。
私が高校生でアメリカに交換留学した頃(85年頃)、ロッキーさんは「アメリカで一番有名な日本人」と呼ばれ、Newsweekの表紙を飾ったりしていました。
日本人でもアメリカでこんなに活躍している人がいるんだ、ととても力を頂いたのをよく覚えています。
冒険家としての男らしさといい、私にとっては、人生のモデルのような人でもありました。
私が高校生の時、ロッキーさんは45歳前後だったと思います。
自分のその年齢に近づいていますが、ロッキーさんのように、子供に夢を与えられるような人間になれるか。
がんばらないと・・・。
キッズ・プラネット関連では、たくさんのノーベル賞学者や大企業の創業社長などにもインタビューしましたが、ロッキーさんに直接お会いできたのは何といっても最高の感激でした。
ニューヨークのオフィスを訪ねた時、2時間近くも、熱く子供たちへのメッセージを語ってくれました。
このメッセージは、イマジンの貴重な財産であり、私の宝物です。
思えばもうあの時もご本人は死を意識していて、これからの子供たちに何かを残したいと思っていたのかもしれません。
インタビューの後は、ご自宅にもご招待していただきました。
スピードボートで大けがをした時に手術で輸血を受け、C型肝炎に感染したそうです。
亡くなったのもそれが原因だと思いますが、ロッキーさん自身は30年前に事故で死んでもしょうがないという覚悟はあったのではないでしょうか。
スピードボートでは、30か所以上も骨を折り、医者からはこれ以上もう折る骨はないと言われたそうです。
ご臨終の際、最後に紙に「もっと挑戦」と書かれたそうです。
ロッキーさんらしい・・・。
起業家として、男として、本当に格好いいし、尊敬します。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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